・慶應義塾大学文学部社会学研究科卒(松浦ゼミ7期) ・同大学院社会学研究科教育学専攻修士課程修了 ・同博士課程在学中

・慶應義塾大学文学部社会学研究科卒(松浦ゼミ7期) ・同大学院社会学研究科教育学専攻修士課程修了 ・同博士課程在学中

【大学院ゼミ/1限】「教養」に関する比較教育的研究 第6回

1. 『教養主義の没落』を読んで出てきた論点
□社会グループ
・社会が教養を規定するのか,既に決まっている教養を社会が維持するのか
・社会的格差が基になっている教養主義が消えることは「社会的進歩」なのでは?
→教養主義を再興させようとする論調は何故出てくるのか?
・教養に対する社会/産業界からの要求はいつ頃から出てきたのか?
・格差のある社会の中で求められるものと,そこで学生が形成した教養
→教養主義の時代はそもそも社会が学生に教養を求めていたのか?

□異文化グループ
・文化的価値を求めるか,経済的価値を求めるか,という対立構図
・未だに「西洋の模倣」に終始している?
→教養としての英語の扱い
→異文化の需要のための英語か,経済発展のための英語か

□教員グループ
・文科大学生が中学・高校の教員となるライフコース
→英・独・仏と同様と言えるのか?
→liberal artsとしての教養とcultureとしての教養の混同

※こうしてまとめてみると今回の議論は社会グループに偏ったようにも思えるが,社会グループの論点は異文化・教員グループでも扱えるものが多いと思われるので,全グループ共通と見ても良いかも。

2. 今後の議論の上での注意点
□これまでの研究及び今回の議論での制度論的な観点の弱さ
□文化資本と経済資本の違い

3. 次週の予定
□各グループで,本日出た論点を基に,これを深められそうな文献を数点提示する
□挙げられた文献の中から,次週以降共通文献として読むものを選定する
□次々週以降は,各グループが2回ずつ,次週に決定した文献についてプレゼンを行い,それについて検討を行う

【大学院ゼミ/1限】「教養」に関する比較教育的研究 第5回

1. 答申を通して見えてきたサブ・テーマ
□教養と大学教員の関係
・教養を担当する教員の資質
・教養教育における大学と教員の関係
□教養における異文化との接触
・教養として異文化に接することの必要性
・「異文化」の定義の拡大
□教養をカリキュラム内のものとして捉えるか,カリキュラム外のものとして捉えるか
・liberal artsの訳語としての,カリキュラム内での教養
・culture/Bildungの訳語としての,カリキュラム外のものまで含めた教養
→”hidden curriculum”的なものは後者に入る
□教育基本法改正における教養に関する言及の変化

2. グループ分け
□教養に関する文献等を読むための「視点」で分ける
・教養を担当する教員の資質: 原・加藤・折田・山田
・「異文化」と教養: 夏・桜間・嶋田・富塚・間篠
・社会(的結束)と教養:  井上・田中・久保田・寥・中村
□「大正教養主義」は,視点となり得るか?

3. 次回以降課題
□次回
・竹内洋『教養主義の没落』を,各グループの観点から読み,各グループ1人ずつ発表
□次々回以降
・各グループからの題材のつきあわせ
・共通文献の選定

【大学院ゼミ/1限】「教養」に関する比較教育的研究 第4回

1.「新しい時代における教養教育の在り方について」の背景
□初等・中等教育
・新学習指導要領の施行(2002.4-)
→諮問理由として,「生きる力」との整合性
□大学教育
・1991年の大学設置基準大綱化以降の流れの軌道修正
・FD議論の加速

2.「新しい時代における教養教育の在り方について」以降の流れ
□初等・中等教育
・教育基本法・学校基本法改正(2006)
□大学教育
・大学設置基準改正
→FDの努力義務化・義務化

3.次回までの課題
答申に加え,議事録を見て,各自の課題意識から答申を分析
→教養研究に関するサブ・テーマを挙げていく

【大学院ゼミ/1限】「教養」に関する比較教育的研究 第3回

1.『ビジネスパーソンのための教養大全』を読んでの論点
□「立場と年代によって変わる教養ニーズ」という考え方
・本当に「今」知るべきものか?結局古い教養観なのでは?
→年代別の教養観が提示されているが、以降の議論のベースは「経営者」≒50代
・こうした教養観がどのように成立したのか?
・教養を得る目的は?
→本書では「ビジネスに使える知識」に収斂?

□教養として挙げられている項目について
・分類方法が系統だっていない
・「教養が足りない」と感じる人の「教養」観からスタートして良いのか?
・他国や別の時代ではどうか?ジェンダー的な視点が入るとどうなるか?

□本書における「教養」観
・「教養」≒知識?
⇔大正教養主義における人生観のための教養のあり方
→戦後の大学における「教養科目」(=一般教育科目)とは別物
・「教養」の獲得≒本を読む
→ある種伝統的な教養観

2.今後の展開案
□この『教養大全』が書かれるに至った背景・文脈を探る
・竹内洋『教養主義の没落』を読み、この議論の延長線上に『教養大全』を置く
→「教養」から「キョウヨウ」へ、という議論
・吉田文『大学と教養教育』:大学カリキュラムの根無し草状態、知の断片化
→これに対する反感として、『教養大全』があるのでは?

□「教養≒知識」という考え方に対する反論
・大正教養主義的な、人生観を含む教養のあり方を再考すべき
→大正教養主義における、「読者」は誰か?
→主に旧制高校・帝大学生?

□ビジネス界での教養と、学校教育での「教養」の差異の検討
・中教審2002「新しい時代における教養教育の在り方について(答申)」と、『教養大全』の比較

3.今後の課題
□次週(5/9):中教審「新しい時代における教養教育の在り方について(答申)」(2002)を講読(折田さん発表)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/020203.htm
・『教養大全』との教養観の比較
・これと照らして、各自の「教養」に対する考え方をまとめる
・可能であれば、竹内洋『教養主義の没落』をどのように読むかも考えておく

□次々週(5/16):竹内洋『教養主義の没落』(中央公論新社, 2003)を講読
・各自入手し、5/16までに読んでおくこと

【大学院ゼミ/1限】「教養」に関する比較教育的研究 第2回

1. 間篠・原による研究デザインの提案

□先週紹介した各自の研究関心を基に,地域・時代別にグループ分け

□春学期は各グループから共通文献を出し合い,講読していく

 

2. 提案に対する意見

□グループを分ける前に共通認識を深める必要がある

□これまでの「教養」研究の枠組みに囚われかねない

→最近の一般的な「教養」観をまず見ることを提案

 

3. 次回の課題

□『ビジネスパーソンのための教養大全』(日経BPムック,2013)を読んだうえで,各自の研究関心の明確化と,当面のグループ分けの素案を全員がそれぞれ作成してくる

□加藤・櫻間がまず発表

□発表は,文献を読んだ上での自信の研究関心や今後やるべきことについて行う。指定文献の要約などは不要。

□間篠・原で研究計画の練り直し

【大学院ゼミ/2限】2014年度春学期・日程

As of Apr. 11, 2014

04/18 原
04/25 嶋田・田中
05/02 久保田・井上
05/09 間篠・加藤
05/16 原・中村
05/23 藤本
05/30 久保田  ※補講日
06/06 富塚・寥
06/13 間篠・井上
06/20 原・的場
06/27 久保田・加藤
07/04 岸本・夏・田中
07/11 山田・中村・嶋田・寥  ※要調整
07/18 藤本・間篠・原

変更等が発生した場合は,各自で調整のうえ,ML等で連絡してください。

トマス・クラップのカレッジ・カリキュラム論(原)

秋学期初回ゼミにて検討していただく予定の論文です。

10月14日の教育史学会にて発表したのち,社会学研究科紀要への投稿を検討しています。

時間の都合上,事前にお読みいただき,コメント等を準備していただきますようお願いいたします。

トマス・クラップのカレッジ・カリキュラム論(原)

D2 原

「学識」に関する比較研究 図書リスト(原)

1. 南原繁,『大學の自由』(東京大學出版會,1952)

南原に関する二次文献を探していたのですが,大学論・学問論に特化したものが見当たらず…。どうもこの分野ではあまり研究されていない人物のようなので,せっかくなのでいきなり一次文献からあたってみるのもありかなと思います。119ページですが,1ページに12行ほどしかない文庫サイズのものですので,すぐ読めるかと思います。

まだ上記1点しか挙がっていませんが,ほかによさそうなものが見つかりましたら追加します。

5月17日発表原稿「19世紀前半のイェール・カレッジにおけるカリキュラムの「教育」化と「脱文脈」化」(原)

5月17日に大学院ゼミ1限で発表予定の原稿です。

http://matsusemi.saloon.jp/wp-content/uploads/2013/05/9d3019e0d3ed567d8ef04ab641c971e9.pdf

時間があまりありませんので,ご一読の上,可能であれば先に不明な点等をコメントで投稿いただければ幸いです。

よろしくお願いいたします。

 

D2 原

「学識」に関する比較研究 文献調査(原)

今回は以下の3冊を調べました。

・有本章編著.『変貌する日本の大学教授職』.玉川大学出版部.2008.

先週の授業で書名を挙げたものです。単純に”scholarship”の訳語として「学識」を用いている。参考になりそうなのは、序章、「1 研究の視点」内の「大学教授職とは何か」(p.14-)および「6 大学教授職の変化」(p.29-)。特にp.31では、「アメリカでは学識の統合を要請する動きが生じた同じ時期に、日本ではFDの制度化に見られるように、研究と教育を統合する学識観よりも分断する方向への動きが強まった」としている。

 

・岩田弘三.『近代日本の大学教授職』.玉川大学出版部.2011.

こちらも同じく先週の授業で書名を挙げたものですが、制度論中心の内容で、大学教授論・学識論等の概念的問題は扱っていないようです。ただし戦前のことを調べるにあたっては、バックグラウンドを調べる際に有用かと思われます。

 

・寺崎昌男.『大学は歴史の思想で変わる』.東信堂.2006.

有本同様、”scholarship”の訳語として「学識」を充てている。第3章ではBoyerのものも含め4つの大学教授論を紹介しており、「日本に比べ、やはりアメリカにおけるその探求は相当に進んだものである」としている。日本の場合、このような探求が進みうるような社会的背景等の「条件はほとんどなかった」ために、「旧制時代の「大学教授」の歴史的イメージが手つかずのまま残存した」と述べている。第1章・第2章のFD関連の論考も参考になりそう。

 

ひとまず三田にある日本の大学(教員)論関係の蔵書を1/3ほど調べてみたところ、やはり「学識」をテーマに章を割いている書籍も非常に少なく、索引に「学識」という語が出てくることも稀でした。ただ寺崎(2006)にあるように、FD論の文脈で「学識」に触れることは多そうなので、その辺を突っ込んで見るのもありかと思います。まだ全然見れていませんが、ひとまず今日の時点のものをアップします。

D2 原