【大学院ゼミ】ポスト・ボイヤーの大学教授職論研究18(11/30)議事録(間篠 )

<Post-Boyerのscholarship論>

※O’Meara and Rice(2005)の議論を中心に

・scholarship of teaching and learningは、4つのscholarshipのうち最も発展したものだと理解される。学生のラーニングに焦点を当てるにつれて、scholarship of teachingからscholarship of teaching and learningへと移行した。アセスメント運動など、近年の教育改革プロジェクトにも刺激を受けている。ただし、広く展開することで、SoTLの境界はあいまいとなっている(これが様々な分野を巻き込む「貿易地」を作る可能性にもつながるが)。また、支援や理解を得ることについても、いまだ困難がつきまとっている。

・scholarship of engagementも展開がめざましい。Scholarship of applicationの考え方では、知識は大学やカレッジで産出され、外界に応用されると考えられていた。しかし、大学がコミュニティに奉仕、貢献するという一方向的なモデルに批判が現れるようになり、コミュニティと大学・カレッジとの協働という双方向的なモデルが提案されるにいたった。このため、applicationではなくengagementの言葉が用いられることになる。

・scholarship of discoveryはいまだに大学の活動における中心となっている。特に、職への個人的競争や研究大学間の資金や威信をめぐる競争によって、scholarship of discoveryは重要視される。しかし、application, integration, teachingへの関心も高まっており、discovery一極への関心の集中は崩れてきている。また、1980年のBayh-Dole法以降、産学連携が進み、知識の応用への関心が強まるにしたがって、同一分野内のあるいは多分野の知識を統合する必要性も高まっている。

・scholarship of integrationは、ここ数十年間注目されてきた。それは、既存のディシプリンに適合しない問題を扱わなければならない時代状況によるところが大きい。アメリカの高等教育の伝統的な三つの使命の要素(知識のティーチング、発見、応用)の対立関係を克服するために、scholarship of ingegrationは働く可能性がある。

 

・4つのscholarshipの論者がそれぞれ、自分の主張するscholarshipが他のscholarshipの傘概念になる(あるいは他のscholarship概念とはカテゴリ、レベルが違うものである)と考えている。

 

<議論>

・scholarshipを持つ人の拡大が意図されている一方で、大学教授職の報賞体系は中心的な関心ではなくなってしまっているのではないか。

(scholarshipを持つ人を生み出し、つなげる役割を果たす者として大学教授職は重要な位置を占める。そうすると、大学教授職の報賞体系は結果的に問題になるともいえる)

・Post-Boyerのscholarship論は、Boyer(1990)がとらえきれなかった問題をその範疇に入れている。あくまでscholarship論の視点は知識を持っている側にあるが、見方は変化してきている(engagementやlearningの問題など)。scholarship論は時代に即して展開しているといえるのではないか。

・その時代背景としては、基礎研究―応用研究という枠組みが融解しているという問題が大きいのではないか。1980年のBayh-Dole法、Gibbonsのモード論など、重要な出来事、理論がある。

・4つのscholarship論者がそれぞれ自分のscholarshipを断固として主張することによって、各scholarship(論者)の間に緊張関係が生まれている。しかし、これは見方を変えれば、大学・カレッジの威厳のある多様性を確保し、ライフコースに応じたscholarshipの発揮の仕方を提唱したBoyerの議論をうまく引き継いでいるともいえる。

<12月14日の検討文献>

Sandmann, Lorilee R. 2008.”Conceptualization of the Scholarship of Engagement in Higher Education: A Strategic Review, 1996–2006.” Journal of Higher Education Outreach and Engagement 12(1): 91-104.

 

以上